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東京高等裁判所 昭和25年(う)288号 判決

控訴人 被告人 鳥井博

弁護人 小淵芳輔 永田菊四郎

検察官 中条義英関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人小淵方輔及び同永田菊四郎の各控訴趣意は、本判決末尾添附の右小淵提出に係る昭和二十五年六月十六日附控訴趣意書竝びに右両名提出に係る同月二十日附控訴趣意書に夫々記載のとおりであるから、これらにつき判断する。

弁護人両名の控訴趣意書第三点について

刑事訴訟法第二百九十六条により証拠調の冐頭において検察官が証拠によつて証明すべき事実を明らかにするとは、立証事項自体を明確ならしめる程度に陳述することを意味し、そのために特に証拠に基いて陳述するや否やは、右事項の範囲や複雑性等の程度により実際上定まる事実であつて冐頭陳述に当然必要な条件ではない。而して記録を閲すると、原審第一回公判期日において検察官は証拠調の冐頭において証拠によつて証明すべき事実を明らかにし、次ぎに、証拠申請として所論峰田恒雄の司法警察員に対する供述調書その他の取調を申請した旨孰れも右公判期日調書に記載があるけれども、その冐頭陳述自体において検察官が右峰田の供述調書に基いて陳述した事実は認められず従つて、その間所論のような訴訟手続上違法の点は見出し難い。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 武田軍治 判事 仁科恒彦)

弁護人両名の控訴趣意

第三点訴訟手続に違法がある。

刑事訴訟法第三百九十六条に「証拠調のはじめに、検察官は、証拠により証明すべき事実を明かにしなければならない。但し証拠とすることができず、又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて、裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることはできない。」と規定してある如く、検察官は証拠とすることのできぬ資料に基いて冐頭陳述を行うことはできない。即ち、証拠能力のある証拠に基いてなさねばならないのである。

然るに、本件公判調書(昭和二十四年十二月二十七日記録七丁)によれば、検察官は第一回供述調書に基いて冐頭陳述をなしている。右供述調書は、峰田恒雄が司法巡査松本義雄に対してなしたるものであつて、被告人が同意せざる限り証拠能力の認められぬものである。凡そ斯る証拠を用うる場合には、尠くとも「被告人が同意するならばその者の証言にかえて事実を立証する」旨の附言は必要である。然るに検察官は何等斯る考慮を払つた形跡はない。

仍つて、本件訴訟手続は刑事訴訟法第二百九十六条に違背するものであり、同規定の趣旨の逸脱は判決に影響なきを得ない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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